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カウシルズを知ってくれ! |
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「牛も知ってる…」、「雨に消えた初恋」。現在、カウシルズを我が国で語るときに、必ずと言っていいほど使われる2つの決まり文句だ。まるで、大橋巨泉のギャグと、一発ヒットのみで生き残っているかのような印象をみんなが持っている。 しかし、待ってくれ!彼らは3曲のトップ10ヒットを持つバンドなんだ。ひいきを引き倒して、トップ100まで範囲を広げたら、9曲もあるんだぞ!さらに、素晴らしいハーモニーを展開した抜群のアルバムを何枚も残している。なんでこんな素晴らしいバンドをたったの2つのフレーズでくくってしまうんだ。 僕は中学の時に彼らの歌に魅せられて以来、ずーっと、彼らの歌を聴き続けて来た。思えば自分が中学・高校の時にはまった3つのバンドは、友人からほとんど認めてもらえなかった。ビーチ・ボーイズとラスカルズとカウシルズだ。時代が進み、どういうわけか(それが当たり前なのだが)、前の2つのバンドは高い評価を得るようになった。しかし、カウシルズは…、カウシルズだけが取り残されている。 ここに憂国の情を持って諸君に訴える!!カウシルズを、牛以上に知ってくれ!!! なお、ここで使ったアルバムジャケット以外の写真は、彼らの公式サイトから、勝手にいただいてきて、加工しました。音源公開と合わせて、ごめんなさい。 |
| ・ The Cowsills plus the Lincoln Park Zoo |
| ・ The Cowsills |
| ・ We Can Fly |
| ・ Captain Sad and the Ship of Fools |
| ・ In Concert |
| ・ II x II |
| ・ On My Side |
| ・ Nervous Breakthrough |
| ・ All Time His and Some Rare Singls |
| Brief Bio | |
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カウシルズは、1965年、「Joda」と言うレーベルから、「All I Really Want To Be Is Me / And The Next Day Too」と言うシングルでデビューを果たしています。レコード・デビュー前から、ビル・ボブ・ジョン・バリーの4兄弟で、ふるさとニューポートのクラブや大学でビートルズのコピーなどを演奏していたそうです。翌年「Philips」に移籍し、3枚のシングルを発表。一番ヒットしたのが、移籍第1弾の「Most of All / Siamese Cat」で、ビルボード118位でした。デビュー当時、ドラムのジョンは、9才。ベースのバリーは11才。ちなみに、デビュー・シングルを自作したお兄ちゃんのビリーが17才、ボブが16才ですから、まさに「栴檀は双葉より芳し」かったのであります。実際にデビューシングルを聴いていただいたら、本当にこのドラムやベースを10才前後の子供が演奏していたのか???と言う気分になられると思います。ご本人たちに聴くわけにも行かず、いや、聴きたくても、ビルとバリーは今年相次いで他界してしまったわけで(それがこのサイトで取り上げるきっかけになったわけですが)、なんともはや時の流れに棹はさせないものです… いや、暗くなっていないで本題に戻します。その後メジャー・レーベルである「MGM」に移り、みなさんご存じの「The Rain, The Park and Other Things(雨に消えた初恋) / River Blue 」で再デビュー。ビルボード第2位の大ヒットとなったわけです。この時点で、グループにはお母さんのバーバラ(この方もすでに他界)と、一番末の妹スーザン、当時7才、が参加し、合計6名のグループとして、活動をしてゆきます。その後、68年のアルバム「Captain Sad and his Ship of Fools」の時に、上から4番目の兄弟のポールもバンドに参加。合計7名の編成となりました。ちなみに、彼らにはもうひとり、リチャードという兄弟がおり、彼はボブの双子兄弟です。 |
彼はバンドには参加せずに、ロード・マネージャーのようなことをやっていたらしいです。ついでに(と言っちゃあかわいそうですが)、父親のバドがバンドのマネージメントをやっていたとのこと。この方もすでにご他界されています。 さて、MGMに移ってからは、11枚のシングル(ご本人たちが忘れているのか、アメリカでは発売されていないのか、リストから外れているシングルがあるので、合計12枚)と5枚のオリジナルアルバムを出した後、1970年、ビルはバンドを去り、ソロとしての活動をはじめます。といっても、アルバムを1枚出しただけで、音楽活動は続けるものの、メジャー・シーンからは遠ざかってゆきます。これ以降、ビルと他の兄弟たちとの活動に接点はなくなっているようで、いわゆる骨肉の何とやら状態であったのかも知れません。カウシルズ本体は1971年に「London」レーベルに移籍(ちなみに彼らはロンドン・レーベルとはじめて契約したアメリカのバンドだったそうです)、アルバムを1枚とシングルを3枚出したものの、いずれもチャート・インせず、フェイドアウトしてゆきました。 後述しますが、彼らはそれぞれに音楽活動を続け、1998年、久々の新作「Global」を世に問うたわけですが… パートリッジ・ファミリーはおそらくカウシルズを想定して作られた企画だと思います。彼らはその企画を拒否した。母親の役を母ではなく別な女優がやる事を受け入れられなかったことが理由だと、どこかで語っていたのを読みました。カウシルズのファンとしては、憎っくきは、パートリッジ&シャリー・ジョーンズと言うところですが、現在は、いい年こいたので(-_-メ)、別な見方をしています。「We Can Fly」と「On My Own」のジャケットに写し撮られた彼らの姿。そこに答えがあるように思っているのです…。 |
| What They Are Now |
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パパ&ママ:すでに述べましたが、他界されました。 ビル:この数年、病に苦しんでいましたが、2006年2月17日、お亡くなりになりました。 ボブ:病院で働いたりしつつも、音楽活動を続けています。 ポール:建築関係の仕事をしている模様。 バリー:ニュー・オーリンズに在住していましたが、昨年度、かの地を襲ったハリケーン、カトリーヌで行方不明になった後、今年、遺体が確認されました。 ジョン:ディーン・トランスやマイク・ラブが結成した「The Legendary Masked Surfers」に参加したりした後、現在はマイク&ブルースのビーチ・ボーイバンドのキーボーディストとして活動中。 スーザン:ニュー・オーリンズ在住。現在もそこで音楽活動を続けています。 |