モータウン・ミステリー


――ヒッツヴィルUSAはどこにあったのか?――



by Yuji Tsuruoka



モータウン社屋




 フランク・ウィルソンという人がいる。つい先日まで、この人物に対するわたしの認識は、モータウンのプロデューサーで、スプリームズになにか曲を提供していたはずだ、といった程度のいい加減なものだった。だが、あるBBSに書き込まれた文章を見た瞬間、突然話が変わり、「モータウン・ミステリー」の解明におけるキーマンとして浮上してきた。
 そんな重要人物とあれば、ちょっと調べてみようと、ラルフ・ティー著『Who's Who in Soul Music』という事典を開いてみて、絶句した。

LA生まれ。モータウンが公式にはまだデトロイトにあった1960年代、同社のLAオフィスの運営にたずさわった。

 べつにどうということのない、無害な文章に見えることだろう。だが、多少とも事情を知る人間にとっては、これは驚くべき記述で、この発見をあるミュージシャンに知らせたところ、さっそくその翌日、彼女の知り合いのライターが、執筆中の本の参考にするから出典を教えてほしいと、Eメイルを寄越したほどだった。いままでこの事典をろくに見もしなかった自分自身に愛想が尽きた。この本の発行は1991年で、そんな早い時期に、正確な事実を押さえ、じつにあっさりとした書きっぷりで、モータウンの秘匿された活動を暗示したこの著者には、ただただ脱帽だった。


〈ファンク・ブラザーズ〉
という神話


 スプリームズ、テンプテーションズ、フォー・トップス、ミラクルズ、スティーヴィー・ワンダーなどの曲をはじめとする、モータウンが1960年代に生みだした数々のヒット曲を憶えている人はいまでも多いだろうし、近年になって新たに親しむようになった若い人たちもいるだろう。黒人の経営する会社として大成功を収めたことをはじめ、きわめて特異で重要な地位をアメリカ音楽史に占めているのは疑いのないところだ。
 歌に関してはいえば、あまりうまくない人もいて、昔からとくに関心をもったことはない(しいていうと、スモーキー・ロビンソンは昔もいまも好みだ)。だが、会社が誇らしげに「ザ・サウンド・オヴ・ヤング・アメリカ」と、定冠詞つきで呼んだサウンド、ビートルズとイギリス勢の大攻勢に対抗できたのは、モータウンとスタックスだけだといわれる、あの強力なサウンドは、昔も今も多くのミュージシャンに影響をあたえつづけているし、個人的にも中学生のときから大好きだった。
 ところが、多くのミュージシャンにとってインスピレーションの源泉であり、ミュージシャンを目指す動機ともなった、そもそもの根元であった人々は、じつは長いあいだ匿名になっていた。もちろん、名前がわからないのだから、顔もわからないし、経歴も不明、すべてが謎だった。現代なら考えられないことだ。
 モータウンのなにがすごいといって、ベースとドラムほど強力なものはない。子どものころに好きだったものとしては、ベースでは、フォー・トップスの「バーナデット」「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」(これはコピーを試みたが挫折)、スティーヴー・ワンダーの「アイ・ウォズ・メイド・トゥ・ラヴ・ハー」(コピーする気も起きないほどすごかった)、スプリームズの「ユー・キャント・ハリー・イン・ラヴ」(この曲はドラムも好きだった)などがぱっと思い浮かぶ。
 いや、個人的な感想はどうでもよい。だいじなのは、英米にはこうしたプレイに多大な影響を受けたミュージシャンがたくさんいるという事実だ。たとえば、ポール・マッカートニーは明らかにモータウンのベースに影響を受けている。冒頭に書いた、フランク・ウィルソンの件で問い合わせをしてきたライターは、目下、ビートルズに影響をあたえた音楽を考究した本を執筆中で、彼はフォー・トップスの「アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ」をあげ、これが、1966年以降、ポールがスタイルを変化させた原因のひとつである、としている。そのとおりだろう。これにビーチ・ボーイズのベース(じつは、フォー・トップスと同じベーシストのプレイ)とMG'sのダック・ダンを加えれば、彼のスタイルの変化は説明がつく。
 モータウンを支えたのは、ファンク・ブラザーズといわれるグループだということを知ったのは、1980年代なかごろのことだった。ファンク・ブラザーズというのは、モータウンのセッションのレギュラーだった、ピアノのアール・ヴァン・ダイク、ベンジャミン(左下端)とジェマーソン(そのうしろ)ベースのジェイムズ(ジェイミー)・ジェマーソン、ドラムスのベニー・ベンジャミンを中心とするセッションマンのグループである(グループといっても固定的なものではなく、スタックスのMG'sとは意味が異なる)。十数年前になにかの本でこれを知り、なるほど、あのとんでもないベースを弾いたのは、ジェイミー・ジェマーソンという人だったのか、と納得して、以後、偉大なミュージシャンのひとりとして名前を記憶した。もちろん、ドラム小僧としては、ベニー・ベンジャミンの名前も無視するわけにはいかなかった。
 これで話が終われば、いま、この文章は書いていない。そんな簡単な話ではなかった。


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