モータウンというレーベル名は、モーター・シティーという、この会社の発祥地であるデトロイトの異名からきている。だから、1960年代終わりにLAに移転するまでは、デトロイトで録音していたと考えればよいことになる。ところが、世の中、見た目のとおりのものなどめったにあるものではない。実体はかけ離れたものだった。
最初に、奇妙だな、と思ったのは、1990年のことだ。
この年、セッションマンのキングとして1960年代、70年代のハリウッドを支えた、ドラマーのハル・ブレインが回想記を上梓した。ドラム小僧のなれの果てであるわたしは、さっそくこれを手に入れた。そして、数ページめくっただけで、まだ本文にたどりつきもしないうちに、子どものころから信じていた世界が崩壊していく恐怖を味わった。
恐怖の原因は巻頭におかれたディスコグラフィーだった。彼がプレイした無数の曲(1997年秋には4万1千曲に達していた!)のうち、トップ10にチャートされたものを列挙した一覧である。ここに並んだヒット曲は、その数だけでも圧倒的だったが、中身はもっと驚くべきものだった。その多くは、本来、彼のディスコグラフィーにあるはずのものではなく、だれかべつの人間、たとえば、ビーチ・ボーイズのドラマー、バーズのドラマー、アソシエイションのドラマー、グラス・ルーツのドラマー、そしてカーペンターズのドラマーのディスコグラフィーに入れなければならないものだったのだ。
いや、そうしたさまざまなドラマーの影武者としてハル・ブレインが残した驚くべき業績については、またべつの機会に詳しく見ることにして、いまは先を急ごう。問題はモータウンだ。この驚くべきディスコグラフィーに、スプリームズの「ザ・ハプニング」という、1967年のナンバー1ヒットが入っていたのである。
モータウンのLA移転はもうすこし後年のはずだが、とわたし首をひねった。しかし、この本に付された「Mix」誌の編集長による序文を読むと、「たとえばモータウンなどで、うまくいかなかったセッションのオーヴァーダブをやったり、ドラムの録り直しをするという仕事までやった」と書かれていた。だから、デトロイトで録音されたテープがLAに運ばれて、世界でいちばん頼りになるドラマーにやり直しが依頼されたのだろうと、いま思えば、おそろしく見当ちがいな解釈をして、その場はすませてしまった。
だが、そのとき、ちらと頭をかすめた疑問があった。あのベニー・ベンジャミンがプレイしたなら、録り直さねばならないようなものができるはずがない、飲み過ぎかクスリかなんかで不調だったのだろうか? ブー、間違い。まりっきり大間違い!