キャロル・ケイは怒っていた。はじめのうち、わたしはこの怒りを単純なものと解釈していた。わたしがモータウンのベースに圧倒されたのは、とりわけフォー・トップスの「リーチ・アウト」とスティーヴィー・ワンダーの「メイド・トゥ・ラヴ・ハー」のせいだということはすでに書いた。この2曲があるから、ジェマーソンは偉大なベーシストだと思ったのである。ところが、これはいずれもキャロル・ケイの仕事だった。彼女は世界の多くのミュージシャンから、この2曲の素晴らしい仕事で尊敬をかちうる権利をもっていた。それが他人のものとされただけでなく、あれは自分の仕事だといえば、嘘つき呼ばわりされるはめになってしまったのだ(ジェマーソンはすでに故人なので、死者への中傷という悪徳も加わる)。だれだって、まちがいなく腹を立てる。そういう怒りだと思ったのだが、じつはもう少し複雑なものだった。
彼女は、自分の主張が、音楽ジャーナリズムやファンが信じていることとは異なっており、多くの人が懐疑的な態度をとるだろうと覚悟していた。ジェイムズ・ジェマーソンに関する本の著者には、電話越しに罵倒されたことまであった。だから、フェアであろうと努めた。
ジェマーソンのプレイ自体は素晴らしいし、モータウン・サウンドの土台を築いたのはファンク・ブラザーズとデトロイトのスタッフであると明言した。さらには、彼女のサイトのリンク・ページに、ジェマーソン・ファンのサイトへのリンクまで張った。彼女のサイトを訪れ、彼女の主張に耳を傾けた人間に対して、べつの主張をしている人間もいることを明らかにしていたのである。
わたしは、ジェマーソンがプレイしたと確認されている曲にはどんなものがあるのだろうと、気楽にこのリンクを開いた。だが、読んでいくうちに気分が悪くなってきた。この記事を書いた人間は、キャロル・ケイのことも、彼女の主張のことも知っていた。いや、彼がこの文章を書いた動機は、キャロル・ケイを攻撃することだったのだ。ジェマーソンを直接に知っている人間に聞いたが、LAのことなど知らないといっている、などというように、取材をし、材料を客観的に判断しているような態度をとりながら、じつは、論理などどこにもない、キャロル・ケイに対する悪意に満ちた中傷だったのである。
やがてわかってきたことだが、どうやら、彼女がこういう侮辱を浴びるのはめずらしことではなかったらしい。世の中にはいろいろな予断と偏見があるもので、たとえば「白人にはソウル・ミュージックはできない」などということを信じている人もいる。ハリウッドの白人ミュージシャンが、さまざまなR&Bのセッションに参加していることや、さらには、メンフィスのダック・ダンやマッスル・ショウルズのロジャー・ホウキンズが白人だと知っていれば、一笑に付すような予断だが、ものを知らない人、想像力に欠ける人、思考が硬直している人というのは少なくないので、馬鹿げた偏見がまかり通る例は数かぎりない。そもそも、キャロル・ケイがモータウンの仕事をしたというのは、仮にすべて事実ではなかったとしても、素晴らしいドラミングでジャクソン5をバックアップした、白人のエド・グリーンはどうするのだ? 彼の関与も否定する気だろうか。
さらにいえば、女性に対する偏見もある。スタジオは男の世界だ。女性の裏方というのは、ふつう、ストリング・セクションかコーラスにかぎられる。
だから、女が男の世界でたいしたことができたはずがない、という先入観をいだくらしい。だが、ミュージシャンというのは、男女だとか人種だとかいうまえに、「ちゃんとプレイができるかどうか」を問題にする。すぐれたプレイヤーで、トラブルを起こさないまともな人間なら、性別人種にかかわらず歓迎されるのである。彼女が並はずれた才能の持ち主だったことは、多くの仲間やプロデューサーたちが証言しているところではあるし、そもそも、残された盤を聞けば、正確なタイム感とすばらしいグルーヴ、革新的なフレージング、そして、チョッパーみたいなまだるっこしいことをやるプレイヤーに速さで負けたことはないと豪語する、アクロバティックな運指とピッキングに圧倒されるはずだ。最近のインタヴューではっきりいっているように、「女っぽいプレイなんかしたことはない」のである。
もっとも、なかにはケイが女であることを揶揄したプレイヤーもいた。彼はあるセッションの最中に、「よお、女にしちゃあ、やるじゃないか」とケイに話しかけたのだ。彼女は愛想よく切り返した。「あなたもデブにしてはセクシーね」
わたしは、この太ったセクシーなギタリストの名前を知っているし、二人が出会った仕事も想像がつく。1957年ごろのサム・クックのセッションだろう。彼のほうが先輩で、彼女はクックのセッションがはじめてのスタジオ・ワークだった。彼はキャロル・ケイを侮辱しようと思ったわけではなく(じっさい、「やるじゃないか」と誉めている)、たんによけいな一言を不用意につけ加えてしまったにすぎない。彼らはやがて友人どうしになった。このギタリストの死に際して、キャロル・ケイは、わたしのものを含めて、各地からネット経由で届いたおくやみのメッセージを未亡人に届けたほどだった。
話をもどす。彼女は、プロの世界では尊敬され、白人女性であることで不便を味わったことはなかったが、ことがモータウン問題におよぶや、おそらくは白人女性であることも大いにあずかって、しばしば不当な非難や侮辱を浴びることになった。なによりもまず、モータウンそのものが、1960年代のLAでの活動をほとんど否定した。彼らが認めているのは、ブレンダ・ハロウェイの多くの曲とミラクルズの「モア・ラヴ」、その他少々だけだったのである。*注4
Sec.5 「〈白人にも好かれる黒人企業〉というアクロバット」へ進む
Sec.3 「ハリウッドの隠し子」へもどる
目次にもどる