| 2005年 04月02日 |
勤め人の宿命ではありますが、転勤することになりました。このことは、学校の様々な事情で、1年以上前からわかっていたことです。なので、自分なりの心の準備や、出て行った後の始末まで1年かけてやってきたつもり。しかし、やっぱり、「つらいのう(x。x)゜゜」です。9年間お世話になった「大阪府立港南高校」という学校は、生徒たちにも、同僚の方々にも恵まれて本当に働きがいのある学校でした。出来れば定年まで働きたいと思っていたのですが…。家から近いし、LP取り込めるスキャナも買ったし(^^ゞいやいや、これは本音、じゃない、冗談。 本当にかわいい生徒たちでした。ただし、勉強はせんけど。人間の値打ちは頭の良さじゃないと言うことを、毎日毎日、私に教えてくれるそんな子供たちでした。しかし、やるときはやりまっせ。芸術系学科の子なんか、デッサンやらせたら3時間。一言もしゃべらず、黙々と描いています。今日は、何を書いてるのかなあ?とのぞくと、透明のビニール袋に水を入れて、輪ゴムで縛ったものを描いたりしている( ・_・;)。 で、昨日、新しく赴任する学校へ行って参りました。いきなり、かなりブルーになってしまいました。私がいままで経験した学校にはない「○○○○(自粛)」な雰囲気。校舎もボロボロ。まあ、これは私はいままで「新設校」と呼ばれる新しくできた高校ばかりを巡り歩いてきたので、どこへ行ってもそう見えるのでしょうが。ぶっちゃけて言って、生徒もかなり大変そう。唯一の救いは、春休みなので、生徒はほとんど来ていない中、軽音楽部は爆音を響かせていたことか。よしよし。 新環境の中、バカページの更新を続けて行けるか?請うご期待(^。^) |
| 2005年 03月15日 | 前回の建築日誌で書こうと思ってたことを、親バカ話に気がとられて忘れてしまっていたので、改めて。 実は先日リンクのページをチェックしていたのですが、沢山のページがリンク切れになってしまっていて、残念ながらカットせざるを得ませんでした。もし、URLが変わったんだよと言うページがあればご連絡を頂けると幸いです。オオノ隊長のページもなんです。日常的に連絡を取ったりしているので、自分的には困らないのですが、あのページはやはり残しておいていただきたいので、この場を借りてお願いいたします。 と、これを書きたいがために建築日誌を更新したのに、前書き書いているうちに、忘れてやンの、バカ>俺 で、これで終わるのもなんですので、もう一つ。皆様方、気がついてもらえました?このバカWEBに、ちょっとした変化があったのに。まだですか?まだですか?ブラウザの上の方見ました?URLが出ているところです。ほら、あるでしょ。見慣れぬアイコンが。favicon.icoと言うのだそうです。実は、サーバのログをみていると、「404(ファイルが見つからない)」エラーが、結構記録されているので、どこかにリンク切れがいっぱいあるのだろうと、一生懸命探してみました。おかげで、いくつかは見つかったものの、やはりログのエラー記録は改善されません。それで、いろいろ調べているうちに、どうやらIEの5以降は、最初にファビコンと言うのを探しに行き、なかったら「ファイルが見つからない」エラーを記録として残すと言うことがわかりました。しかし、どうやったら、そのファビコン(これはなんの略や?)を設置できるかがわからず、そもそもファビコンとは何かもわからないまま日が過ぎていったのです。 しかし、答えは意外なところに転がっていました。ある方のWEBページのURLに、「窓の杜」や「ベクター」ついているようなアイコンがついているのを見て、これは可能なら是非、付けてみたいと、教えを請いました。で、丁寧に教えていただいたのですが、これがなんとファビコンだったのです。ワーイ、一石二鳥だ、ということで、早速取りかかってみました。とはいえ、美的感覚に乏しい私のことで、なんだかわからないものができあがってしまいました。解説しておくと、赤いモズライトの上に、青で「AMM」と書いてあるのです。わかります?そもそも、この物体がギターであることがわかってもらえるだろうか、と新たな不安を抱える日々が始まってしましました(^^ゞ私のページを「お気に入り」に入れていただいている方は、も一回入れ直してもらうと、IEのお気に入りにこのアイコンが表示され、「Add More Music」がどの位置にあるかが瞬時にしてわかるという次第です。しかし、firefoxに乗り換えた私は、そうは簡単にいきません。なぜかブックマークに入れてみてもアイコンが表示されないのですね。一方で表示されるサイトもあるのに。何かまだ秘密があるようなので、これから探っていきたいと思います。 |
| 2005年 03月13日 |
特効薬のおかげで、あっという間にインフルエンザから回復して、むしろ1日半寝ていたおかげでたまった疲れもぬけ、いつもより調子がよいぞヽ(^0^)ノ。ということで、本日は息子を連れて買い物に出かけました。 弟であるがためにいつまで立ってもチビ助扱いを受けているのですが、気がつくともう中学も卒業で、この春からはなんと私の後輩になってしまいます。私の頃とは学校の感じも少し変わり、校名も今春からはちょいと変わるのですが、自分が学んでいた(暴れていたと言う方が正確か(^^ゞ)場所で我が子も学ぶというのは、やはり相当にうれしいものです。そこで、入学祝いは奮発してやるから何でも好きなものを言いたまえと伝えてあったのですが、1週間経って本人が出した結論は…。「お父さんのと同じヘッドフォンを買ってください。」 なな、なんだとー。これはお前、ゼンハイザーと言うところの代物で、5万円もするんだぞ!!と、言ったのも後の祭り。どうやら少し前、姉(こいつは、平気で私の部屋から何でも持ち出す。父のものは自分のものと思っているらしい)経由で、私のヘッドフォンを使い、自分の普段使うイヤフォンとのあまりの音の違いに愕然となり、それからいろんなものをこのヘッドフォンで聴いてみたらしい。彼の言葉によると、サイレント・ピアノの音に至っては、全く違って聞こえるという。これならばいくらでも練習できそうである、とまで言う。まあ、嘘とはわかっていても、そこまで熱心に欲しがるのならば仕方なし。大体普段からものを欲しがらない奴なので…。 というわけで、梅田はヨドバシカメラまで二人で出かけたのです。すでにカタログが変わっていて、同じものはなかったのですが、おそらく後継機種とおぼしきものが、やや安い値段で売っていたので、迷わずにこれをゲット。ついでに自分用にシュアーのインナータイプのイヤホンも、お母さんには内緒だよと言いつつゲット(^^ゞその他、妻から買ってこいと命令されていた諸々を購入した後、疲労して帰宅しました。本当は息子と見ようと思っていた映画もあったのですが、荷物が多くて、しかも買い物に時間がかかりすぎて断念。 久しぶりに平和な、心煩うことのない午後となりました。合掌…。なんか変だな(^^ゞ |
| 2005年 01月22日 |
昨日の会議はつらかったー。終わった後焼酎をあおる元気もありませんでした。1冊の教科書予定原稿を頭からしっぽまで、読み合わせ、あーだこーだと言い合っているうちに12時間が経過し、疲労困憊で帰宅しました。これから原稿の手直しがあるのですが、まあ、何とかなるでしょう。 ところで、皆さんご存じでしたか?教科書というのは我が国で発行されている図書類の中で唯一、正確な売り上げ部数がわかる書籍であること。なにせ、各学校が使用することを決定した(高校の場合)教科書は、各府県の教育委員会に届けられ、それを文科省がまとめて、出版社に印刷すべき部数を伝えるのです。売れてもいないのに、「100万部突破」などというサバは絶対に読めない。おまけにその部数は全出版社に公開され、どこの教科書が売れ、どこが売れてないかがはっきりすると言う恐ろしい仕組み。ついでに言うと、教科書の値段も、一方的に文科省が決定します。出版にかかるコストを勘案して、出版社が決めるのではないのです。「英語1」、「情報A」という科目ごとに文科省が決めているのですね。白黒2色刷の教科書も、著名なイラストレーターの手によるイラスト満載、カラー写真一杯(最近こういうのが多いのです)の教科書も、科目が同じなら値段は同じ。出版社の方は先ほど書いたように、何冊刷ればよいかが事前にわかるので、大量の返本に頭を抱えると言うリスクはないのが救いなのですが。なんとなく割り切れない話です。 などという、当サイトにはあまり関係のない話はおいといて、昨日書き残したという話です。私は購入したCDやレコードをデータ・ベースで管理しているということは何度かお話ししてきました。CDについていうと、この10年くらい毎年120〜150枚くらいの数を買っていました。ところが、今年の年末、1年間に購入したCDを数えてみると、なんと70枚しかありませんでした。半減しています。自分なりに理由を考えてみましたが、一番大きい原因はCDショップへ行かなくなったことにあると思います。行かない理由の一つは行く時間がとれないと言うこと。でも、これはたいした理由ではありません。今までも、欲しいものがあれば、あらゆる方法を使い、時には仕事をさぼっても(^^ゞ、買いに行ったというのが私の行動パターンです。めぼしい作品のリイシューは終わってしまい、「もうこれくらいでいいかな」という気分があることも確かです。しかし、今回私が購入したジェフ・ベックのように、あんまりちゃんと聴いてないから聴いてみたいなあと思うアーティストはまだまだ沢山いることも事実です。 一番大きな理由はなにか?それはCDショップへ行っても全然楽しく感じなくなったと言うことだと思います。CCCDという「くず」がCD棚にあふれているのを目にすると、大バカどもの浅知恵に邪魔されて、ゆっくりCDを眺めるという気が失せて行きます。その結果、アマゾンなどの通販に頼るようになります。通販は大変ありがたいシステムですが、ショップではないので、ジャケット買いや、突然の登場に目がくらんでわけもわからず手にする、などという衝動買いをすることがまず、ありません。 チョット飛躍しますが、音楽産業が「音楽を守る」というなら、いったん発売したCDは15年くらいは廃盤にしないと約束すべきです。ジャスラックもせこくネット検索をやっている時間があるなら、今までに出されたすべての音楽をいつでも引き出して聴けるような、アーカイブをまず作れよ。そう言う姿勢、音楽に対するリスペクトが全然見えないため、私の目には、「音楽業界」は「著作権」をメシの種にしているハイエナ集団としか写らなくなくなってしまいました。 結局この1年間ほどのCCCDや輸入権をめぐる愚劣な音楽産業の動きは、バカオヤジの購買欲(購買衝動)を半分にしてしまっただけだと言うことを、この人たちは銘記すべきなのですが、そんなことしたら、自分たちの責任問題になるから、絶対にやらんだろうなあ。 |
| 2005年 01月21日 | えー、毎度の事ながら、滅多に書かない建築日誌でございます。サイトをほったらかしているうちに2005年を迎えてしまいました。本当に申し訳ないと思っております。仕事の忙しさを理由にするのは、私のもっとも忌み嫌うことであるのですが、本当に毎年、給料は上がらないのに、仕事の量は増え続ける一方で、帰宅後や休みの日にゆっくり音楽を聴いているという時間がほとんどとれない日々が続いてしまったのです。私のサイトの場合、自分でCDを購入し、自分でそれを何度も耳にして、心の中で整理を付け、調べるべき事を調べ(時々手を抜いてとんでもない間違いを書いてしまいますが)、やっとごちゃごちゃと何かを書き出す、と言う手順があるので、音楽を聴けない(聴かない)限りは何も出来ないんです。またセンテンス長くなってるぞ>俺 教師は暇じゃないのか?!とお思いの方は多いでしょう。学校で勉強をただ教えているだけなら、確かに余裕のある仕事だと思います。しかし、私の場合それ以外に教育(特に今注目されている「情報教育」)にかかわるボランティア的な仕事が、この5年間、年を追うごとに増え続けているんです。あまりの忙しさに、これなら管理職になった方がよほど暇だと思い、教頭試験を受けてしまったこともあるのです。もっともこれは、2次試験の面接前に、「おまえの本当に望むことは教員を管理することなのか?忙しさを理由に生徒から離れてもいいのか?一生後悔するぞ」と、私の中の良い部分が問いかけてくれて、面接を適当に受けるというか、教育委員会が嫌がるような答えをすることで、見事に落第しました(^^ゞ。 まあ、そんなこんなで、この1年、かわいい生徒たちのために土曜日は補習授業をし、日曜日はボランティア仕事につぶれ、俺の休みはどこ行ったーー的毎日を続けてきたわけです。センター試験も終わり、やっと土曜の補習が亡くなったと思ったら、今日はこのあと、教科書の編集会議が6時間の予定で開かれます。ま、これはペイがあるのでボランティアとは言えませんが。 まだ、もう少し書きたいこともあるのですが、出かける時間が迫ってきたので、今日はここまで。ぬるいペースですが、このサイトを閉じるつもりはないことだけを申し上げて、久々に建築日誌の更新といたします。ひょっとすると、書き残したことがあるので、明日も更新するかも。 |
| 2003年 8月04日 |
またもや、久しぶりの建築日誌であります。ページ更新もままならないサイトが、何故の移転か?いよいよ、やる気がなくなったのか?と不審の念を持たれたかもしれませんが、URLをご覧あれ。「addmoremusic.net」ですぞ!マイ・ドメインでございます。「更新もせんのによーやるわ」という声が聞こえてきそうですが。一応ご説明を。 98年の2月から(ページ的には97年の2月からあるのですが)、恥をさらしだした私のページですが、その間に、存続の危機に見舞われながらも、なんとかここまでやってきました。しかし、その間にどんどんデータが蓄積されてきて、ついに、Dream.Netと契約したサーバー領域(8MB)の上限に達してしまったのです。また、「Rare Inst」のページ用にInterQと2つのサーバー領域を借りる契約をして、100MBを借りているのですが、これも一杯一杯になってきています。どうするべきか、Dream.Netはもともと5MBの容量しかくれない所に3MBを別料金で増量してもらっているのですが、さらに増やそうか?しかし、1〜2MB増やしたところですぐにそれも一杯になってしまう。と、考えていた所に、ご承知かもしれませんが、Dream.NetはOCNに吸収されてしまいました。「URLやメアドがかわらなかったら、いいや」と思っていたら、OCNから通知があり、URL変更の可能性があるというのです。もう心は決まりました。 WEBで、レンタルサーバーを探すと、良い所が見つかりました。サーバー領域に300MB貸してくれて、CGIもASPもOKで(猫に小判だけど)、ドメイン管理もしてくれて、月額3000円ちょっとと言う所が見つかりました。8月1日に申し込みをして、お盆の頃に移動できればいいかと思っていたら、あっという間に話が進行して(サポートの対応も早かったです)、3日にはドメイン取得も完了。逆にこちらが追い立てられてURLの移動作業をする羽目になりました。 ということで、2度目の引っ越しが終わったのであります。今度はたっぷり領域があるので、以前掲載していて、消してしまった鶴岡さんの「アール・パーマー覚書」や、結構苦労して作ったモンキーズ・セッションリストなども復活するつもりです。まだ、見ておられない方はお楽しみに。 昔のように爆発的に更新することはとてもかなわないと思いますが、ドメイン取得をきっかけに、細く、長く続けて行きたいと思っていますので、今後ともよろしくお願い申し上げますです。 |
| 2003年 1月5日 |
あけましておめでとうございます。今年も当サイトをご贔屓していただきますよう、お願い申し上げます。 さて、昨年末から、この正月にかけて、私が何をしていたか?特にこの数日、コメントも書かず、BBSにレスもつけず、仕事の原稿も書かず、何をしていたか?ひたすら、自分の持ち曲データベースに、曲データを打ち込みを続けていたのであります。思い返せば今から約15年前、自分の買ったCDが100枚を超えたあたりだろうと思います。レコードはもう手に負えないけれど、CD100枚くらいなら、持っているCDをデータベースにしていけるんじゃないか?CDだけじゃつまらんから、収録されている曲とその作者もデータベース化して行けばおもしろいんじゃないか?と気楽にはじめたのです。当時はまだDOSの時代。使ったソフトはその頃の定番データベース・ソフトのdBASE IIIのクローン・ソフトでdBXLというもの。データベースの設計して、入力画面と出力画面を作って、入力用のプログラム組んで…。ああでもないこーでもないと、ひそかに楽しみつつ、黙々と打ち込みはじめました。DOS時代のソフトなんてご存じない方の方が最近は増えてきたと思いますが、いやー、使いにくかったです。 1000曲くらいが入力できた頃はおもしろかったです。一見バラバラな曲を、いろんな条件でソートしてみると、自分はこんなソングライターが好きだったのかとかを発見したり。アメリカとイギリスで全然関係ないと思っていたバンドが意外な曲で結ばれていたり…。しかし、そう思い出した頃から徐々に、CDを買うペースに入力に追いつかないという想像もしていなかった自体が起こり始めました(^^ゞ。さらに、先ほど書いたように、DOS版のソフトの使いづらさもあり、なかなか入力は進みません。気が付くと、CDの枚数はとても入力する気が起こらないくらいに増えていました。でも、シコシコと入力を続けていたのですが、「とても、俺が死ぬまでには全部は入らないだろうなあ」というのが正直な感想でした。
しかし、WINDOWSの時代となり、ソフトの使い勝手が向上し、同一の作者ならコピー&ペーストで、どんどん貼り付けられたりするようになった事と、昨年くらいからネット上のCDDBが飛躍的に充実した事から、CDをコンピュータのトレイに入れれば、ほとんど全てのCDの曲データがDL出来るようになり、一時は未入力のCDが500枚近くあってもう駄目と思っていたものが、どんどん減って行きました。 しかし、これを入力していて思ったのは、外国人の名前表記のいい加減さ。フル・ネームで表記してあるものは3割あるかないかだったでしょう。「スミス」とか「ジョンソン」だけほっとくなよー(`へ´)。そんな苗字の奴は腐るほどいるぞ!!名前を書いておけよ。音楽関係では「ヤング」も要注意。「ニール・ヤング」に、「ラスティ・ヤング」。「ジェシ・コリン・ヤング」、「ポール・ヤング」に「ケニー・ヤング」、大御所の「ビクター・ヤング」。そのほか全部で12人登録されています。で、ちょっとましになっても、名前は、イニシャルになっているだけですね。しかし、このイニシャルがくせものです。ある時はロバート(Robert)なので、「R」になってたかと思うと、またあるときは、これを愛称で「ロブ」と呼んで、そう表記している。ま、これならまだイニシャルがおなじ「R」なので許せる範囲。今度はこいつを「ボブ」と呼ぶ。そうすると、イニシャルにすると「B」だから全然違うのですよ。そう言う事がしょっちゅうあって、ひどいときには1枚12曲の作者名を入力するのにいろんなものを比較し、本を開きで、1時間近くかかる事もあります。こう書いていて、今思いました。俺って、そんなに暇だったんだろうか? も一つ困るのが、綴り間違いや綴り違い。「カート・ベッチャー」なんて、何種類の綴りがあっただろうか。「トム・ベーラー」の名前も何種類かありました。これは最近、例の「Love Generation」関連で彼の名前にはウムラウトがついていて、その関係で英語的には綴りと発音が一致しないからだと言う理由だと推測がつきました。
しかし、入力をはじめた頃から、いまだに解決していない謎が某有名ミュージシャンであるのです。それを今から恥を忍んで書きます。バカにしないで下さいね。「リー・ヘイズル・ウッド」や「マイク・ヘイズルウッド(アルバート・ハモンドと組んで曲を書いています)」の「ヘイズルウッド」の綴りです。言葉的には「Hazel(ハシバミ)」+「wood(森)」だと思っているのですが、「Hazelwood」と言う表記と「Hazlewood」と言う二通りの表記があるのです。私の場合リーさんの書いた曲を120曲も登録しているので(ダブりがありますが)何とかして欲しいと、思っています。ちなみに、三省堂の固有名詞辞典では「Hazelwood」。しかし、ライノから出ているサーフBOXのカウアバンガの表記では「Hazlewood」。これで一度全部を「Hazlewood」で統一したのですが、その後も「Hazelwood」が沢山出てきて、迷っているのです。 |
| 2002年 8月18日 |
ホントーに久しぶりの建築日誌の更新です。なんか、今読んでみると、キリ番お礼のページになってしまった感じがします(^_^;。ここしばらくほっておいたのは、これを書くと、自分の「家庭の事情」について触れないといけないかなあ。と言うのがプレッシャーになっていたからです。でも、音楽の話はよくわからないが、このページはそんなこと関係ないので楽しい。などと言って下さる方も結構おられるので、気楽な気持ちで再会してみました。 この1年ちょっとの間に、2回、長期間更新できないときがありました。更新できない期間が1ヶ月くらいになると、「いいんだ、いいんだ。どうせ俺のWebなんてろくでもないこと書いてるだけだし、インターネットのゴミみたいなもんなんだから」などという後ろ向きの考えがむくむくと起きてきて、むやみに落ち込んでいったりしました。そんなとき、まるで間を計ってでもいるかのように、身も知らないかたからメールをいただきました。それは、決して励ましのメールとかではないのです。ただ、検索エンジンから私のページを見つけて質問をしてこられるのです。例えば、ある方はお父上の定年の記念にブロード・サイドフォーのCDをあげたいのだがすでに生産停止になっている、どうしたらいいだろうかと言うメールでした。情にほだされて、闇の業者になってしまったことを告白致します(^^ゞこれを読んで、同じ手を使っても駄目だからね(^_-)。 アメリカ人で日本のサーフ音楽のコレクターをしているという人(変な奴)からメールもらったり、20代の女性で、デイブ・ディー・グループのCDの購入方法を尋ねてきたり…。そう言うメールをいただくたびに、自分のやっていることも少しは役に立っているんだという実感がわいて、このとんでもない状況の中でも、何とか少しでも続けてゆこうという気持ちがまた湧いてくるのでした。 こうして、陰に日向に支えて頂いた方々のおかげで、5万アクセスまでたどり着くことが出来ました。本当にありがとうございます。仕事はますます忙しくなり、家庭の事情もなかなか解決しないままなのですが、なんとか次は10万アクセス目指して、少しずつでも前進してゆきたいと思っています。今後とも、よろしくお願いします_(._.)_ 実は、5万アクセスを達成したら、トップ・ページを作り替えようと、FLASHを買って、勉強をはじめていたのですが、もともと絵画的センスに絶望的にかけているために、イメージしていることをどう表現したらいいかが全くわからず、まだかけらも出来ていない状態です。というわけで、5万記念は鶴岡さんにいただいた「The Hollywood Beat」だけになりました。「だけ」とは言っても、私のページにはもったいないほどの値打ち品であることはお読みになればわかって頂けるとは思います。でも、2万記念の時には間違って買ったCDプレゼントなんてあったなあ。でもあれからは1回も買い間違いはないしなあ…。かといって、レギュラー・ページの更新でさえふうふう言ってるのに、自分で新しい企画なんて無理だしなあ…。と、小さな心を痛めていたのです。 そんな折り、オープン・リールのテープ・レコーダー(わかる?)がいよいよいかれてきて(ついでに言うと、テープ自体が保存の状態が悪くて、磁性体がすでにボロボロになって、聴けないのまでありました)、このままでは昔に録音した自分のテープが聴けなくなる。ま、全然聴いていないんだから、聴けなくなっても困らないんですが、かろうじて動いている今のうちに何とかしておこう。ということになって、はずかしながら、デジタル化をはじめたんです。で、ふと、お釈迦様をもてなすのに何もなかったウサギさんは自らを火中に投じたと言う故事を月を見ながら思いだし(嘘)、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ちゅうことで、こんなページを作りました(恥ずかしくて、とてもトップからリンクが張れない)。これを書いている今でも、まだUPしようか、どうしようか迷っていますが、迷ったときにはとりあえずやってみる、と言うのが私の信条なので(これはマジ)、なるようになれっ、嫌な人は決して聴くことはないだろうということで、行ってみたいと思います。でも、感想をご意見板に書き込んだりは、けっしてなさらないようお願いします(^_^;。 では、何はともあれ、今後とも、よろしくお願いしますと、2度言って、沖縄方面に旅立ってゆく私でした。 |
| 2001年 4月12日 |
まずは、3万アクセス達成について、皆様方に、深く、深く感謝いたします。こんなに早くその日が来るとは思っていませんでしたので、2万の時のようなプレゼント企画をしようにも、さすがにそうそう失敗買いはしないので、差し上げられるようなものはなく、記念企画の方も、2万の時に鶴岡さんに書いていただいた「Walk Don't Run '99」でさえも、まだ私の分が完成できていずと言うような状態で、そもそも、このお礼の言葉さえかけるのは達成1週間もしてからであったと言う次第で、おまけにこのセンテンスでさえも、いつになったら区切れるのか見当もつかず、まことに申し訳ないと思うばかりであります。 建築日誌の更新自体も、本当に久々です。この間、ネタがなかったのかというと、そんな事はなくて、モンキーズの「Head」セッションに参加したというミュージシャンからメールをもらったり(最初は喜んだのですが、結局、何かを売りつけようと言う魂胆だと言う事がわかり、丁重にお断り申し上げました)、イギリスの音楽ファンから、文字化けの嵐をくぐり抜け、クリス・ホワイトのCDについて質問が来たり(日英同盟のよしみで、気前よく、1枚送ってあげたら、お礼だと言って、シャドウズのものすごくマニアックな本を送ってきてくれました)と、いろいろと、日誌更新の話題はあったのです。しかし、こういうよしなしごとを書きつづる時間が全然ありませんでした。 古くから当サイトへおいでいただいている方なら、お気づきかもしれませんが、毎月に買っているCDの数も昨秋頃から少なくなっています。いや、もう、実に、時間がないのです。この日誌を、更新遅れの言い訳ページにしてはいけないとは思ったのですが、少しだけ事情を説明しておいた方がいいかも、と思ったので、書いてみます。 昨春から「大阪府高等学校情報教育研究会」という校外の仕事を頼まれ、大変になってきていたところへ、秋からは「学校情報化推進コーディネーター」などという、資格の研修を受ける羽目になり、毎週レポートだ、課題だと、追いまくられていました。この研修が2月におわり、やっとこさ自分の時間がもてると思ったのも束の間、3月に入って、断りにくい筋から、某教科書出版社が販売促進用の冊子を作るのに協力してくれと言われてしまいました。前に徳島県のワープロソフト会社から似たような仕事を頼まれた時には結構気楽な作業だったのですが、今度は編集者が付いていて、巧みにヨイショしているように見せかけつつ、きつい指摘で、初稿、第二稿…で、やっと4月10日にすべて終了となりました。もしも同業者の方がおられたら、GW明けから東京書籍が配って回る、「情報教育Q&A」という冊子を見かけたら、笑ってやって下さい。私が4分の1ほど書いております。しかも、率直に申し上げて、まるで語る資格のない、「著作権」やら「モラル」やらです。ふんとにもう、冗談じゃねーやーず、ですね。 あれっ、おかしいじゃないか。木村は英語の教師じゃなかったのか?と、お思いの方も多いでしょう。自分でもそう思います。しかし、気が付けば、いつの間にかじわりじわりと、違った方へ押し流されていたんです。そのあげく、あんた、この4月からは京都の某大学で正式に「情報」の学生になってしまいました(ただし、通信課程だけど)。学割利くのか?その教材が、また4月11日に届きやがんの(..)。タイミング良すぎ。 も一つおまけに、11月に全然別な試験を受けねばならなくなってきて。その勉強もかなり必死でしなければならなくなってきました。 そんなわけで、しばらくは更新のペースが以前にまして遅くなると思いますが、お許し下さい。こうしてめげている時に、カウンタの数字はさらに伸びてゆくし、嬉しいメールもいただいたりしているので、遅くなっても、かならず、続けてゆくつもりです。とにかく、音楽をかけている時間がなくなってきているのが一番つらい木村でした。どうも、愚痴聴かせてすみません。 |
| 2000年 11月05日 |
コメント付けをしようかなと、思ってコンピュータを立ち上げたのですが、ふと、8月のページに載っていた分のCDをまだCDインデクスに追加していないことに気がつき、そっちの作業を優先させることにしました。インデクスのページを久々にブラウザで見てみると、いつの間にかずいぶんCDの数が増えています。ためしに数えてみると海外盤が338枚、日本盤が56枚ありました。合わせると約400枚。このままでは特に海外盤のインデクスが見にくいと思い、アルファベットのインデクスをつけることにして、ごちゃごちゃと作業をしていると、いつの間にかずいぶん時間が経ってしまいました。 作業をやってみると、OとQとUのつくアーティストがありません。自分のCD棚を見てみると、Qがつくのは北欧のエレキインストグループ「Quiets」と「Quicksilver Messenger Service」が1枚づつあるのみ。ちょっと考えても、他にQがつきそうなバンドってあんまりない。Queen位しか思いつきません。でも、僕にとっては彼らは若手バンドだもんな。Oはこののサイトを開く前に買った物が結構あって、「Otis Redding」、「Ohio Express」、「Osmonds」で、10枚ほどあります(ほとんどはオーティスだけれど)。さらに、Uに至っては1枚もなし。「Union Gap」があるのだけれど、これは「Gary Packett」で分類してるのです。こうなりゃ、Uのためにユーライア・ヒープ(綴りわからん(^^ゞ)でも買ってこようか。U2はあんまり聴く気がしないしなあ。 調子に乗ってCD棚を見てみると、Kのつくところにも、2枚しかCDがありません。一つは、「Kings Singers」というクラシック系のグループがBB5の曲をカバーした物(これは、インデックスにあります)。もう一つは書くと長いぞ、「Kasenetz-Katz Singing Orchestral Circus」。バンド名1つだけで3つ分くらいのボリュームがあるぞ。なんて事をしながらいろんなCDを取っ替え引っ替えして聴いているうちに、いつの間にか出かけねばならない時間になってしまいました。 というわけで、コメント付けは明後日くらいまでお待ちください。それにしても、UやQのつくアーティストでお勧めがあったら教えてくださいね。 |
| 2000年 9月15日 |
9月に入って、CD買うペースが落ちたな、どうやらブラザー・リイシューが相当応えているようだな、とお思いの方も多かったかもしれませんが、実は単に仕事が忙しかっただけ。8月下旬から9月中旬にかけては生徒たちの就職に追われる日々なのです。それも一応の手当は終わり、明日16日から就職試験が解禁されます。高校生をめぐる就職状況はもう「厳しい」とか「大変」とかのレベルを超え、制度自体が根幹から崩壊してしまっているのですが、それはこのサイトとは別問題なので、これくらいにしておきます。 さて、その忙しかった期間に当サイトでも少しだけ変化がありました。2万企画「Walk Don't Run '99」のためのVQファイルを置く場所を考えていたのですが、今までお世話になっていたニフティの10MBではどうも手狭になりそうなので、思い切ってニフティの契約を解除して、ほぼ同じ料金で50MBを借りられるInterQに置き場を買えたのです。 思えばニフティとのつきあいはもう12年になります。「通信」の教育利用を考えようと契約をしたのがソウル・オリンピックの年。その後、各フォーラムで得たノウハウで、前に勤めていた学校では草の根ネットを立ち上げたりしました。まだ、学校がネットワークを持つなんて珍しい時代で、朝日新聞に取り上げてもらったりもしたのですが、自前ネットの維持・管理に必死になっているうちに、インター・ネットの時代を迎えてしまい、なんとかせねばと言ってたら、今度は自分が転勤させられてしまったのでした。と言うわけでニフティには世話になった部分もあるので、IDを捨てる気になかなかならなかったのですが、この3年ほどはフォーラムに入ると言っても、RPGに詰まったときにFGAMEに行くぐらいで、FROCKやFBEATの音楽系フォーラムにも滅多にチェックに行かず、ましてやFCAIやFKYOIKU、FENGLISHなんてとんとご無沙汰になっていました。おまけに、JCC*****というジャンクを送りやすいアドレスのままにしていたため、メールボックスはいつもスパンで一杯という状態。これでは仕方がないと思い切ったのでした。 さて、と言うわけで、VQファイルの置き場が5倍になったのをきっかけに、「モータウン・ミステリー」のVQファイル、そして8月のDC5のファイルもすべて音質を向上させて置いてあります。前に聴いたことがある方も、時間があればもう一度聞き直してみてください。今まではファイル置き場の要領を気にしつつ、計算しながら、1月に2〜3までとしていたのですが、これからは50MBをつねに一杯に使ってゆきたいと思っています(とか言いながら、早速「Do Unto Me」のファイルをUPし忘れるというチョンボをしでかしましたが)。 ようやく時間に余裕が出てきたので、「Walk Don't Run '99」のVQや、木村の反論にならないつぶやき、ベンチャーズCDのコメントの追加、そして新しいベンチャーズCD購入など、やろうと思っていることを少しずつでも進めてゆきたいと思っています。 でも、とかなんとか言ってると、10月1日は文化祭なので、クラブの生徒たちの面倒も見なければならないのですが、こっちの仕事はストレス溜まらないので、大丈夫でしょう(たぶん)。うん、そうだ、顔文字辞書のダウンロードもせねば…。 |
| 2000年 8月20日 |
予定稿など用意していなかったというか、その暇がなかったため、午後4時頃に帰宅をして、感謝の気持ちを込めつつ、建築日誌を更新しています。1万アクセスからずいぶん経ったような気がしていたのですが、自分の日誌で確認すると、まだ10ヶ月ほどしか経っていないことにちょっと驚くとともに、責任を感じています。こんな与太話のページをそんなにたくさんの人に読んでいていただいて、すまんことです。でも、そんなことを思っていると遅れがちなコメント付けがますます遅れてしまうので、これからも自分のペースで更新を続けてゆきたいと思います。と、書いたしりからこんな事を書くといきなりチグハグですが、、正直言うと最近のアクセス数にはプレッシャを結構感じていたりするのです。前回の日誌に書いたように、IPアドレスを分析するサービスを導入した結果、北は北海道から南は沖縄まで、ご自宅から、大学から、各企業から、さらには官公庁から、様々な人たちが自分の時間を割いて見に来てくださっていると言うことを目の当たりにしてしまい、妙に肩に力が入って、気楽に書けなくなってしまったことは事実です。このサービス、半年間前払いなため、取りあえず続けますが、期間が終わったら、もう止めるつもり。いい勉強になりました。 WWWの普及の結果、私のような一介のおっさんの書く取るに足らない話を、多くの方々に見ていただくわけで、無責任な批判になってはいけないし、かといって、それを気にするあまり、言いたいことが言えなくなっても困る。そこら辺のバランスに気を付けると言う点は忘れずにいたいと思います。 しかし、幸いなことに当サイトには、私のよれ具合を見事に見抜いて追求していただける、ありがたい方々が常駐しておられるという強みがあります。たぶんこれがおもしろいので、このWEBに来ているという方も多いと思います。時々、あまりに鋭く僕が追求されるので、「がんばってください」というメールをいただくこともあるのですが(^^ゞ、ご心配なく(^_-)。自分の浅はかさに頭を抱えることはあっても、指摘されたことでめげてしまうほど、ヤワな人間ではありません、って書くとなんか格好良すぎるな。ま、それをちゃんと自分の糧に出来るほど図々しくなっていると言うことです。でも、こう言ったからって、みんなで寄ってたかって、僕をいぢめちゃ、いけませんよ。 そういうわけで、今後ともよろしく、おつきあい下さい。アクティブな方にも、ニヤニヤと眺めている方にも、いろんな方々に支えていただき、「2001年3万の旅」に旅立とうと決意する夏の夕暮れでした。なんか、妙にきれいにまとまったな(^_^;) |