ジョン・マリンとラーフ・トラックの誕生

 余談だが、『ルーシー・ショウ』でおなじみになり、その後、ごく当たり前のように使われてきた「ラーフ・トラック」、あの不自然な笑い声の誕生にも、ジョン・マリンがからんでいる。
 あるとき、ボブ・バーンズというヴォードヴィリアンが、下品なジョークで客を爆笑させた。ジョークそのものは放送できない種類のものだったのでカットされたが、バーンズは笑い声をとっておくように言い張った。それからしばらくたって、バーンズはさして可笑しくもないショウをし、以前とっておいた笑い声のトラックを挿入して編集するように指示した。面白くもないジョークのあとでとんでもない笑い声がするのは変だと、苦情が殺到することになったという。
 どれほど苦情があったにせよ、ラーフ・トラックは生きのび、海外にまで輸出されて、世界中ではびこるにいたり、記録・複製技術による文化的変容の一例となった。本文にもどる