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レス・ポールの右肘は90度の角度で固定されている。70年以上にわたってギターを弾きつづけたために、そのまま固まってしまったわけではない。1948年に自動車事故に遭い、バラバラになった右腕の骨を継ぎ合わせて金属で固定するときに、ギターを弾けるようにと、90度にすることを選んだのである。
彼の名はギブソン社のギターのモデル名として知られているだろう。たしかに、レス・ポールはギタリストとしてもすぐれているし、ギターのデザイン(いや、煎じ詰めれば、それはギターの音色そのもののことだが)の変化にも大きな貢献をしている。しかし、後世にもっとも大きな影響をあたえたのは、彼のべつの側面だった。
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| レス・ポール 手にしているのは2ピックアップの改造エピフォンだろう。 |
1947年、レス・ポールは、ハリウッドの自宅のガレージ・スタジオで、彼が長年にわたって開発してきたさまざまな技術をすべて投入して、ひとつの曲を完成した。レコード会社の宣伝文句ならば、「革命的音楽」は毎年のように生まれている。しかし、あらゆる意味で真の「革命的音楽」があるとしたら、それはこの曲"Lover"だろう。
レス・ポールはギタリストであると同時に、すぐれた発明家でもあり、その発明の才は彼自身のフィールドである音楽に向かった。たとえば、彼が「ログ」(丸太)と名づけたエレクトリック・ギターは、1941年にエピフォン社の工房を借りて、10×10センチの太さの角材に、自分でコイルを巻いてつくったピックアップを取り付け、その角材の上下に、f ホールのあるフルアコースティックの胴を継ぎ足して、彼自身がつくりだしたものだった。角材の部分はソリッド、f ホールのある部分はホロウ・ボディという、いわば「セミ・ソリッド・ボディ」のエレクトリック・ギターができあがったのである。
角材を使ったのは、ギター表面の振動を抑えることによって、長いサステインを得ようと考えたからだった。彼が期待したとおり、ログは従来のギターより長い時間、弦が振動し、音がよく伸びた。
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| レス・ポールの自作ギター「ザ・ログ」 長いサステインを得るために中心に「ソリッド」な角材が使われた。 |
また、エコー、ディレイ、フランジャーといった、現代ならあって当たり前の基本的なイフェクターも、1930年代からつづけてきた実験によって、みずから開発した。1950年代にアンペックス社のテープ・マシンが普及する以前は、録音はラッカー盤に「ダイレクト・カッティング」することによっておこなっていた。つまり、ブランク・ディスクに針を載せ、強い針圧をかけて直接に音を刻み込んでいくのである。レス・ポールは、キャディラックのフライホイールを利用して、カッティング・マシンも自分でつくりだした。このフライホイールは空洞ではなく、中まで鉄が詰まっていて、「完璧なバランス」をもっていたからだという。
レス・ポールのもっとも驚くべき発明は、「ディスク・ディレイ」だろう。ディスク・マシンに2つ目の「ヘッド」を取り付け、録音した音を即座に再生できるようにしたのである。テープ・ディレイとディジタル・ディレイしか知らないわたしのような人間には、ラッカー盤を使ったディスク・ディレイなどというものを発想する人間の頭の構造は想像を絶している。
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| プレスト社のカッティング・マシン「モデル8-N」。40年代終わりから60年代にかけて多くのスタジオで使われた。 |
テープ・マシンが普及する以前だから、ほかに選択肢がなかったのだが、それにしても、彼のディスク・マシンの使い方には唖然とする。ディスク・ディレイだけではない、レス・ポールはラッカー盤を使って「ピンポン」による多重録音をしたのだ。しかも、一度や二度のピンポンではない。"Lover"に使われた「音のレイヤー」は、じつに30層を超えている。テープを使っても、30回ものダビングをすれば、音質は目立って劣化する。できるだけ劣化を抑えて、最良の結果を得るには試行錯誤を繰り返すしかなく、この1曲を完成するために、レス・ポールは500枚ものラッカー盤を消費した。じっさい、できあがったトラックは、いま聴いても驚くほどクリアだ。
まだある。ディスク・マシンのモーターを可変速にし、いわゆる「早回し」効果もつくりだした。"Lover"には8本のギターが使われているというが、通常の回転で録音されたのはおそらくその半数以下で、残りは低速で録音され、通常速度で再生された「超高音」の音色になっている。低速録音し、通常速度で再生すれば、音長は短くなって、ぶつぶつと切れてしまう。それをできるだけ回避するために、ログの長いサステインと、記録された音を電気的にくりかえし再生するディレイが活用されたのだった。
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![]() | ホーム・スタジオのレス・ポール 右手前にアンペックスのテープ・マシンらしきものが見える。 |
録音から半世紀たったいま、この"How High the Moon"を改めて聴いても、その斬新さ、強靱な構成力、先進的なフレージングに驚かされる。テープ・ディレイも多重録音も現在ではごく当たり前になってしまった(それどころか、ディスク・ディレイはもちろん、テープ・ディレイもいまでは失われた古代の技術だ)。それなのに、いまだに「未来の音」を聴いているような感覚にとらえられるのだ。こんなサウンドをいきなり聴かされた当時のひとびとの驚きが、いまも手に取るようにわかるのである(このとき、アメリカが「原子力時代」にあったことが、このような未来的サウンドが受容される下地になったのかもしれない)。
また、録音技術の文脈からいえば付随的なことだが、この曲の間奏で使われたフレージングは、後年の「ロック・ギター」的ニュアンスをもっている。すでにジャズ・ギターという枠組は彼の頭になかった。プレイの側面でも未来指向だったのである。とりわけ、ディレイの特質を生かすために、ミュート・ピッキングを使っているところに、彼が重ねた実験の奥行きを感じる。
![]() | [左]改造エピフォンを弾くレス・ポールとメアリー・フォード エピフォンのアコースティックに金属板を貼り付け、ピックアップを取り付けた。 [右]ギブソン・レス・ポールのプロトタイプを弾くレス・ポール | ![]() |
端的にいえば、レス・ポールがしたことは「奴隷解放」だった。彼が"Lover"や"How High the Moon"を録音するまでは、「スタジオ技術」などといえるものは存在しなかった。ただ「そこにある音」を、うまくいくことを祈って、「そのまま」記録するだけだったのである。1877年のエディソンによる蝋管録音の発明以来ずっと、レコーディッド・ミュージックはライヴ・ミュージックの粗雑なコピーという奴隷状態におかれつづけけてきたのだ。
"Lover"は奴隷解放宣言だった。この曲によって、レコーディッド・ミュージックは、史上はじめてライヴ・ミュージックから解放され、独立した別個の音楽への道を歩みはじめたのである。それはやがて、「スタジオのプロフェッショナル」という、この世界がはじめて目にする、卓越した技術をもつ一握りの職能集団によって、大きく開花することになるだろう。
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